形意拳の特集    

「敵のわずかな動きを察知した瞬間、

      疾風迅雷のごとく敵を打ち倒す」

1. 形意拳の概要

 指導員 冨田 登  

  形意拳とは、太極拳、八卦掌と同じく内家拳に属した中国武術で、その技法は陰陽五行説を背景にした5種類の母拳=五行拳(金=劈拳、水=鑚拳、木=崩拳、火=炮拳、土=横拳)を中心に、さらに十二種の動物の動作特長を取り入れた十二形拳=(龍、虎、猴、馬、黽、鶏、鷂、燕、蛇、タイ、鷹、熊)によって構成されています。代表的な単練套路には五行連環拳、八勢、四把、十二紅錘、雑式捶などがあり、対練套路には三手砲、五行砲、安身砲があります。

   形意拳の套路には少林拳系の拳法のように多彩な蹴り技や跳躍技がないため、地味で簡易なものに見えますが、外見上と実体は異なり、猛烈でかつ迅速なものです。もそも、実戦では「なるべく短時間に確実に相手を倒す」ことが要求されることから、「敵の攻撃を、受けたり、かわしたりして、それから攻撃に転ずるより、皮を切らせて肉を切り、肉を切らせて骨を切る方が確実である」というのが形意拳の理念です。その戦闘法を簡潔に表現すると、「敵のわずかな動きを察知した瞬間、疾風迅雷のごとく敵を打ち倒す」であり、五行・十二形拳の鍛練は、これらの手法、歩法、身法の迅速さと強大な勁力を身につけるためのものです。従って、その稽古は、数少ない技をひたすら反復練習して一撃で敵を倒す破壊力と技の迅速さを養成することに集約されます。

2.形意拳の特徴

(1)形意拳の攻防技術
  前項では形意拳の概要を記しましたが、攻防技術についてもう少し具体的に解説を試みたいと思います。通常、敵と対戦する際、まずは敵の攻撃を「かわす」または「受け流して(受けて)」から反撃するのが一般的な対処法です。(自ら先に攻撃をしかけて、受けさせることで相手のスキを作り出して攻撃する場合もあるが、どちらにしても一で受けさせて、二で反撃といった大きな流れは同じです)

  しかし、形意拳は攻防間隔が非常に短い、又は攻撃と防御が一体となっているため、一瞬で敵の攻撃をそらすと同時に攻撃するのが特徴といえます。 たとえば敵の上段突きを上鑚(劈拳の前半動作で拳を突き上げる)で受ける場合は、敵の腕に対して自分の腕を螺旋状に捻り上げながら相手に接触し、腕の微妙な角度ならびに含胸抜背を保ちつつ前進すると、敵の攻撃をそらしつつ相手を打つことができます。結果、相打ち(皮を切らせて肉を切る)の形となり、敵の攻撃を封じ勝利を得ることができるのです。 ここで、誤解のないように述べておきますが、たったこれだけの動作にしても、正しい方法で反復練習をつまなければ、とうてい使えるものではありません。

  たとえば、佐藤金兵衛先生の鑚拳(上鑚とほぼ同じ動作)は、体格の良い高校生が両手で正面から押してもびくともしないほど鍛えられており、先生がわずかに前に進むと相手が飛ばされるほど威力のあるものでした。この上鑚に合わせて?歩(前足のつま先を外に開き、前方へ一歩進める)を応用すれば、さらに捻りこみの効果は上がり、これだけで敵の姿勢が崩れ、わずかな力で敵を吹っ飛ばすことも可能となるのです。

(2) 形意拳の歩法
  形意拳の歩法といえば跟歩です。これにより、敵が少しぐらい体を後退させても避けきれない突きとなるのですが、実際は進歩(前足を前進)と跟歩(前足の前進に従って後足を前進)を合わせることで拳の到達点が伸び貫通力が増すのであり、通常は跟歩だけを使って進退をするということはありません。 概要だけご覧になった方は、「形意拳は敵がどのような攻撃をしかけてきても玉砕覚悟?で突っ込むもの(結果、単純な拳法?)」と思われるかもしれませんが、先に述べた攻防技術とこの歩法を用いることで、敵が防御しても受けきれない攻撃となるのです。 さらには、進歩と跟歩を用いると全身が一つとなって動くこと(継ぎ足)ができるため、腕の力だけでなく、全身の力を用いて敵を制することができます。

 一般的に、跟歩イコール強大な発勁のイメージがありますが、取って付けたように跟歩だけを行ってもあまり威力が出ないのが実体です。どちらかというと突きと進歩のタイミングを一致させることが重要なポイントで、跟歩は威力を増強する増幅器のようなものと考えたほうが理解しやすいと思います。 あまりに跟歩を意識しすぎると、攻撃に余計な時間がかかるうえに、威力の無い突きを放つことになってしまうことが往々にしてあり、ひどい場合には全体のタイミングをはかりかね、各動作がバラバラになってしまうこともあります。 その癖を修復するにはかなりの時間を要することから、初心のうちに正しい歩法を身につけることはとても重要です。

 佐藤金兵衛先生は形意拳の歩法について「形意拳は脚打七分手打三分と言われており、後ろ足の踏み切りと前足の踏み込みにより、敵を倒すだけの威力が出る。単に拳を突くのではなく、踏み込んだ脚で敵の脚を打ち、自分の体を敵の体に打ち当ててこそ威力のある発勁が可能となる。」とおしゃっていました。 これらの歩法は、「ただ単に突進するだけ」もしくは「手技を施す」ものではなく(見た目の姿勢が他の拳法と比較して高いので、そのように勘違いされる方もいる)、突きの貫通力を増大させると共に、全身を協調させて敵に対処するためのものであることをご理解いただければ幸いです。

3.形意拳の鍛練順序

  初めて形意拳を学ぶ場合は、基本姿勢・動作に注意し、手法、歩法、身法を正確に行います。 基礎段階としては、姿勢は正確に、動作(フォーム)を大きく練習します。 ここでは、五行拳の型に至るまでの内容を記します。

(1)站樁  
  形意拳はまず站樁(三体式もしくは立禅等)から始めます。佐藤金兵衛先生も「形意門では、三体式を見ればその人が何年ぐらい拳法を修行したか(その人の実力が)わかると言われている」と仰っていました。また、「万法は三体式より出る」という言葉もありますので、站樁により姿勢の要領を会得し、正しい動作の基礎とします。 

(2) 基本動作(基本功等)
  站樁の基礎を固めつつ、開門式ならびに定歩(歩法を使わない)劈拳を学びます。これらの動作において、ある程度手足が一致するようになった頃を見計らい、跟歩(形意拳独特の歩法)を加えた練習をします。また、五行拳、十二形拳から抽出した技で構成された基本功も併せて練習します。 これらの基本動作は単に動きの順番を覚えるだけでなく、一つ一つの動作を丁寧に行い、立身中正、三尖相照(三尖要対)を守り、かつ上下が連動(相合)していなければなりません。

(3) 五行拳
  五行拳は劈拳、鑚拳、崩拳、炮拳、横拳の五種類で構成されており、形意拳の最も重要な基本でもあり奥義につながる技法でもあります。どの型も左右交互に技を繰り出して練習します。その昔、形意拳はわずか五行拳しかなかったとも言われ、佐藤金兵衛先生は「五本の拳に精通し、拳理を明らかにすることができれば、五行五形で完全な勝利を得ることができる。郭雲深、尚雲祥のような大先達は、たとえ敵がどのように攻めてきても、わずか半歩進んで崩拳を用い、瞬時に敵を倒した。技の多くを欲せず、まずは五行拳を十分に修行し形意拳の真髄を把握してほしい」と仰っていました。個人の習熟度合いにより進み具合は異なりますが、当連盟では最低5ヶ月間程度は五行拳だけの練習を行います。ここでじっくりと練習を積めば、後々の上達がスムーズにいくようになります。

4. 形意拳の健身効果
  形意拳は内家拳に属しているにも拘らず、剛的なイメージがあるので、あまり健康法とは結びつかないと思われるかもしれませんが、やわらかく円滑な動きが求められることは太極拳と同じです。 健康法としての形意拳は、他の拳法と比較すると次のような特徴があります。

  • 型の数が少ないため、順番を覚えるのが簡単です。健康法として簡単で 行いやすい動作を選び、練習することができます。
  • 左右均等に練習するので、片側に偏ることのない全身運動が行えます。
  • 体力に合わせた練習が可能です。直線上を往復して練習するので各自のコンディション、体力、年齢に合わせて練習量を調整できます。
  • あまり広い練習場所を必要としません。わずかなスペースがあれば、三体式または各拳定式での站樁が行なえます。站樁は気功・養生法と同様の効果があります。

  形意拳はちょっと見たところ単純な動作に見えますが、全身を協調させて動くため、各部所の筋肉と関節を効率よく使用します。従って、練習を継続することで、関節の硬化予防及び筋力の維持強化が図れます。 また、逆腹式呼吸を多く用いるので、横隔膜の運動が活発となり、腹腔内の血流が促進され、新陳代謝を高めることができます。 さらには、形と意を一致させたうえで動作を導くことから、精神統一にも効果があります。 これら形意拳の健身効果を一言でまとめるとするならば、「全身動作と呼吸を無理なく一致させることで、練習後はさわやかな気分になる」ということになるでしょう。

以上