形意拳

形意拳について(王樹金先生)

王樹金老師と佐藤金兵衛老師の形意拳の演武

 王樹金先生は、我が国に正統の中国拳法を正式に伝えた最初の人であり、その功績 は日本の中国拳法史に特筆されるべきであると父はいっています。王先生が書かれた入門 案内によれば、少年時代に張占魁(号、兆東)先生に形意拳を学び、李存義、蕭海波の両師伯に形意拳、八卦掌を学んだといいます。張占魁先生が亡くなられたので、王向斉先生 について大成拳椿法を学び、その後、国民党と共に台湾に移って台中の陳峻峰(伴嶺)先 生について正宗大極拳を学んだといいます。この陳伴嶺先生はもと南京にあった中央国術館の副館長であり、国民党の重鎮でもあったといいます。各種の拳法の研究にも精しく、 著書も多いといいます。また、王先生は中国道教の一派である「一貫道」の第三位の幹部 でもあったといいます。父がよく食事におつれした時も宗教上から肉、魚食をしないの で、イナリ寿司やのり巻、きつねうどんなどを一緒に食べたそうです。

  形意拳は姫際可、字は隆風(明朝万歴〜清朝康煕)が終南山で異人に会って岳飛の拳 譜を授けられ、工夫すること多年、その奥妙を悟って形意拳を創めたといわれています。 その系図を示せば以下の通りとなります(関係者のみ)。
 
岳飛、異人、姫隆風、曹継武、馬学礼(河南派)、馬学礼、張志誠、李政、張 聚、買荘図、袁風儀、廬嵩嵩、裴錫栄、佐藤金兵衛

また、別の流れは、

張占魁、王樹金、佐藤金兵衛 となるといいます。

 父が聞いた王先生のお話では、少年時代に晩年の張占魁先生の所へ入門したとき、張先 生が「形意拳を一通りおぼえるまでに5年かかる。自分も年老いて体力も衰えた。あと5 年ほど教えられるだろうが、それから先はどうかわからん。お前で最後だ。もうあとは弟 子はとらん」といって、鎖門したといます。王先生は、張先生の最後の弟子となったとい います。その後、張先生がなくなられてからは大成拳の王向斉先生について修業されたそ うです。

 父は、王樹金先生が昭和三十三年に来日されてから、あしかけ八年間、先生から 直接指導を受けられたそうです。渋谷の桜ヶ丘の木造アパートの一室におられ、精進料理 を作って自炊されたそうです。当時は適当な道場がなかったので、明治神宮の林の中で早 朝まだうすぐらいうちからほぼ二時間ほど稽古して帰り、朝食をすませてから錦糸町の都 立墨東病院の婦人科に通勤したそうです。野外の稽古ですから雨が降ったり雪になればで きなかったりと苦労されたそうです。王先生は八年も日本にいらしたそうですが、日本語 は「アリガト」と「サヨナラ」だけだそうで、自動販売機で切符を買って板橋の拙宅には よく来られたといいます。二年ほどすると日本人の入門者があり、三村信之医博だそう で、その他、台湾からの華僑の方々数人だそうです。父は、当時は無給の研修生で、今で いうアルバイトで家族を養い、その上、王先生の生活費、年2回ほど台湾に帰る時の切符 の手配等まで負担したので、経済的にも時間的にも大変苦労されたそうです。王樹金先生 の形意拳と大成拳椿法は、張占魁先生、王向斉先生に習ったものだそうです。